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門司簡易裁判所 昭和62年(ハ)131号 判決

原告

日立クレジット株式会社

右代表者代表取締役

小林信市

右訴訟代理人

生田勇次

被告

林信孝

被告

林孝一

被告

阿比留芳勝

右二名訴訟代理人

林信孝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告等は原告に対し、連帯して、金五〇万八〇〇〇円及び之に対する昭和六二年五月二五日から完済に至るまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、リース業を営む会社であって、被告林信孝との間に、次の通りリース契約をした。

(一) 契約日及び物件引渡日

昭和五八年一〇月一一日

(二) リース物件

パーソナル無線

(三) リース期間

契約日から昭和六三年一〇月九日まで

(四) リース料及支払方法

総額九〇万円

昭和五八年一一月以降六〇回にわたり毎月七日(但し初回は一〇日)に金一万五〇〇〇円宛支払う。

(五) 特約

被告がリース料の支払を怠ったときは、原告は催告することなく本件契約を解除することができる。

本件契約が解除されたときは、被告は原告に対し、損害金として、リース料残額と同金額を支払う。

(六) 遅延損害金

リース料及び損害金に対する遅延損害金は、年14.6パーセントの割合とする。

2  被告林孝一及び同阿比留芳勝は、前記契約の日、原告に対し、被告林信孝の前記契約に基く債務につき、連帯保証を約した。

3  被告林信孝は、昭和六二年五月七日までに支払うべきリース料六四万五〇〇〇円のうち金三九万二〇〇〇円の支払をしたのみで、その余の支払を怠った。

そこで、原告は、同被告に対し、昭和六二年五月二四日に到達した書面で、本件リース契約を解除するとの意思表示をした。

4  よって、原告は被告等に対し、右リース契約解除による損害金五〇万八〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年五月二五日から完済に至るまで年14.6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1項ないし3項の事実は全部認める。

三  抗弁

次のような事情があるので、原告のリース料に代る本件損害金の請求は不当であり、被告等はその請求に応じ難い。

(一)  本件無線機の販売業者は有限会社向陽であって、被告林信孝は、その向陽の外交販売員松岡和夫の勧誘によって本件リース契約の申込をするに至った。

松岡は、リース契約の勧誘をするに当たり、若しリース物件が不要になったときは、いつでもそれを返還してリースを解約することができると説明した。そこで、被告林信孝はその説明を信じて本件リース契約の申込をした。

(二)  その後、同種の無線機の使用者がふえるに従って混信が多くなったので、被告林信孝は松岡に解約の手続を依頼したところ、松岡はそれを承諾した。そこで、同被告は本件無線機を返還した。

(三)  その後、無線機は行方不明になっており、向陽においてもその所在が分かっていない。

(四)  以上のような経過であるが、利用者である被告等から見れば、無線機販売業者である有限会社向陽とリース業者である原告会社とは、同一のものである。従って、リース契約の条項だけを盾に取って原告が本件請求をするのは不当である。

四  抗弁に対する認否

被告等の主張は否認する。

(一)の前半の事実は認める。(一)の後半の事実、(二)(三)の事実は知らない。仮に、そのような事実があったとしても、被告林信孝は、リース契約の当事者である原告会社に対して交渉又は連絡をすべきであったのに、原告会社には何の連絡もしていない。従って、そのような事情をもって原告に対抗することはできない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1項ないし3項の事実は、全部当事者間に争いがない。

二抗弁について判断する。

まず、本件リース契約締結前後の事情を調べることにする。

〈証拠〉によると、以下の事実を認めることができる。即ち、有限会社向陽の外交販売員をしていた松岡和夫を、藤本が被告に紹介し、松岡が被告に無線機のリースを勧誘して本件リース契約がなされるに至った。松岡は、その勧誘の中で、リース契約は、目的物件が故障したら修理して貰うことができ、また、目的物件が不要になったときは、いつでも返還して解約することができる契約であって、そこがクレジットによる購入と違うところであると説明した。そのため被告はその通りに信じ込んで、本件無線機を五台一組にしてリースで借ることにした。藤本も松岡の勧誘で無線機のリースをしていたのであるが、同人も松岡から同旨の説明を受けて、同じように誤信していた。松岡は、藤本のときも被告のときも、リース契約の申込書を書かせたときに、申込者用の控を相手に渡さなかった。そのため、藤本も被告も、リース契約の条項を目にする機会がないまま、誤信を続けていた。被告が無線機をリースして一年ばかり立った頃、同種無線機の使用者がふえ、混信が多くなったので、被告はリースを解約しようと思い、藤本を通じて松岡に解約の希望を伝えた。松岡は解約の手続をとってやると返事し、被告は藤本に無線機の返還を頼み、藤本は松岡に無線機を引渡した。そして、その無線機は後に所在不明になった。なお、本件無線機は、主として娯楽用に供される機種であって、被告も娯楽に用いる目的でリースした。従って、本件は、営業に用いるためのリースではなかった。以上の認定を左右するに足る証拠はない。

原告はリースの中途解約を禁じた契約条項について何も主張しないが、被告は、本件訴訟の時点ではその条項の存在を知ったうえで、なおかつ前記の抗弁を提出していることが明らかであるから、その条項の存在を前提としたうえで検討をすすめることにする。

右認定の事実に、形式論理的な判断を加えるなら、第一には、販売業者に関する事情をリース業者に主張するという点で失当であり、第二には、中途解約禁止の契約条項に反する主張という点で失当である。

然し、本件の場合には、そのような形式論理で結論を出すのは相当でないと考えられる。以下、順を追って検討する。

まず、リース契約の特質について考えてみる。

リース契約は、正確にはファイナンス・リースと言われ、コンピューター、産業工作機械、医療機器、建設機械などの高額で汎用性の尠ない営業用物件について、利用者が自分で購入する代りに、リース業者が購入して利用者に貸し付けるという形をとるものである。それは、経済的な面から見ると、リース業者が利用者に融資するのと同じである。利用者が自ら購入する場合と比較すると、リースにおいては、企業会計上租税負担が軽くなるという点で利点があるとされている。

このように、リースは、実質的には融資と同じようなものであるから、中途解約の禁止ということは、リース業務の根幹をなすものである。また、本来は商人間の契約であるから、リース契約の内容に介入して、信義則などの一般条項により契約の効力に制限を加えることは、特に慎重でなければならない。

ところが、本件無線機は、娯楽用品としてリースされたものであって、営業用品ではないから、企業会計上の利点など無縁のものである。また、無線機それ自体も大量生産により同種の商品が多数出廻っているものと推認されるから、汎用性の尠い物件ではない。使用者にとっては、割賦販売、立替払またはリースのそのいづれを取るかで、特段の得失があるものと思われない。即ち、リースでなければならない理由は、どこにもないのである。このような本件の特殊事情の下では、信義則の適用については、また違った観点からの検討が必要と考える。

そこで、先に認定した事情について考えてみる。本件無線機は、これをリースにしなければならない必然性が乏しいことは右に見たとおりであるが、リース契約の形式をとるからには、中途解約禁止の条項は、契約の根幹をなすものである。それなのに、松岡は、被告らの知識不足につけ込んで、中途解約が自由であると説明し、それが利用者から見たリースの利点のように説明している。そして、被告が解約を申込むと、その手続をしてやると返事して、無線機を受取ってさえいる。これは、正反対の虚偽の事実を告げているのである。

この様に、販売業者の外交販売員が、契約の勧誘にあたり、著しく信義に反することをした場合には、リース業者はまったく責任がないのかどうかを考えてみる。

本件のように、販売業者の外交販売員が自社の商品の販路を開くときは、その外交販売員が同時にリース契約の勧誘をもすることになる。リース契約の申込みも、その外交販売員を経由してリース会社に到達する。販売業者の外交販売員の行為は、販売業者のための行為とリース業者のための行為が、分かち難く一体になっているのである。利用者の方から見れば、外交販売員は、販売業者の代理人であるのと同時にリース業者の代理人にも見えるのである。また、リース業者は、契約申込者の実在性、信用度、契約意思の存在について自社社員の手で一通りの確認はするが、契約の申込みを取るまでのことは、実はこれが一番肝腎なことであるが、一切を販売業者まかせで、自らは何もしない。販売業者の外交販売員が熱心に勧誘を行って販路を開くと、自動的にリース契約の売上げが伸びる仕組みになっているのである。このように、リース業者は、販売業者と密接な関係にあって、販売業者の営業努力によって自らも売上げを伸ばすという依存関係にもある。そこで、このような形のリース契約の勧誘において販売業者の外交販売員の行為が著しく信義に背くときは、信義則により、利用者はそれを直接にリース業者に主張することができると解するのが相当である。

そこで、本件においては、無線機が販売業者の外交販売員松岡に返還されて、その後所在が不明となった時点で、本件契約に基づく被告の債務は消滅したものと見なし、以後本件リース契約に基づき、原告が被告に対し権利主張をすることは、信義則上許されないものと解する。

三以上の通りで、原告の本訴請求は理由がない。よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官福田精一)

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